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仙台地方裁判所 昭和29年(ワ)517号 判決

原告 菊地武夫

訴訟代理人 伊藤俊郎

被告 国

訴訟代理人 牧野良三 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録記載の不動産を引渡し且つその所有権移転登記手続をなすべし、被告は右不動産中鉱泉地内から湧出する温泉量の三分の一を使用するのを止め原告においてこれを使用するのを妨害してはならない、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、別紙目録記載の土地(何れも現況は原野である)は右土地中鉱泉地内から湧出する温泉量の三分の一の温泉使用権と共に、もと原告の所有するところであつたが、日支事変中陸軍傷病兵療養所建設のためその敷地及び鉱泉として必要であるとの陸軍の強い要望により、原告は昭和十二年十一月、陸軍省に対し、将来陸軍において右用途を廃止した場合には無償譲渡を受けることを条件として、前記不動産及び右温泉量三分の一の使用権を寄附し、昭和十三年十月二十日献納を原因とし陸軍省に対する右不動産の所有権移転登記手続を了した。爾来陸軍省は右不動産並びに温泉を使用して来たところ、終戦と共に陸軍省が廃され、前記用途も自然消滅したので、前記条件成就により、原告は当然、本件不動産の所有権及び右温泉使用権を取得するに至つた。

仮りに、原告からの前記条件附寄附の申出に対し、陸軍省が右条件を認めず、無条件の寄附として之を受納したものとすれば、意思の合致がなかつたから、最初から贈与契約は成立せず、従つて本件不動産の所有権及び温泉使用権は陸軍省に移らなかつたものと謂わなければならない。

然るに、被告は現に本件不動産を占有し、本件温泉使用権を行使している。

よつて、請求の趣旨記載の如き判決を求める為、本訴請求に及んだ次第であると述べ、

被告の答弁に対し、被告主張事実のうち、陸軍が本件土地を含むその他の土地を敷地として傷病兵の療養所を建設したこと、右療養所の名称が被告主張の如く順次改称されたこと、仙台第三陸軍病院の建物及び本件土地を含むその敷地が昭和二十年十二月一日大蔵省の所管となり、又病院経営は厚生省の所管となつて国立鳴子病院と改称されたこと、同病院の建物及びその敷地が昭和二十三年二月二十八日大蔵省より厚生省に所管換されたことは認めるけれども、その余の事実は知らない。本件寄附当時は国を挙げて事変収拾中であつたので、原告は陸軍傷病者療養所の用途に供するというので寄附を申出てたのであり、又陸軍省としても右用途に供するために個人から寄附を受け得たのであつて、当事者の意思から見ても、陸軍自体が廃止された以上本件寄附に附した「陸軍において用途を廃止した場合」なる条件は成就したものというべきである。叉本件贈与契約に付した条件中の所謂「陸軍の用途」の用語は陸軍省所管国有財産取扱規程を通覧してもこれを国の用途というが如く広く解することは困難であるから(同規程第二十九条、第四十一条乃至第四十四条参照)、陸軍自体が廃止された以上、右条件は成就したものというべきであると述べ、

立証〈省略〉

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、別紙目録記載の土地が元原告の所有であつたこと、右土地中鉱泉地内から湧出する温泉量の三分の一の温泉使用権が元原告に属していたこと、被告が右土地につき昭和十三年十月二十日陸軍省名義に所有権移転登記を経由したこと、現在被告が右土地及び温泉使用権を占有使用していること、右土地及び温泉使用権は陸軍省において陸軍傷病兵の療養所敷地及びその鉱泉地として原告から寄附を受けたことは認める。但し寄附がなされたのは原告の主張のように昭和十二年十一月でなく、昭和十三年九月二十八日である。叉右寄附に原告主張のような条件が附してあつたことは否認する。その余の原告主張事実を否認する。仮りに、原告主張の如き条件が付いていたとしても、陸軍は本件土地の寄附を受けた後本件土地を含むその他の土地を敷地として傷病兵の療養所(設立当初仙台陸軍病院臨時鳴子分院、その後仙台第一陸軍病院鳴子分院、仙台第三陸軍病院鳴子分院、仙台第三陸軍病院と順次改称)を建設したが、右建物及び本件土地を含むその敷地は昭和二十年十二月一日大蔵省の所管となり、又病院経営は厚生省の所管となつて国立鳴子病院と改称し、その建物及び敷地は昭和二十三年二月二十八日大蔵省より厚生省に所管換され現に国有財産公用財産に属する。而して現在の同病院の入院患者数は一日百四十名ないし百五十名で、内終戦前よりの傷病兵が四名あり、外来の患者も一日百四十名ないし百五十名で内傷病兵が二名乃至九名おり、本件土地上には同病院の霊安室があつて、地下には同病院の下水道が施設され、空地は非常の際の退避所として利用されているのであるから、陸軍が廃止されても、未だ条件は成就していないと述べた。

立証〈省略〉

理由

別紙目録記載の土地が原告の所有であつたこと、右土地中鉱泉地内から湧出する温泉量の三分の一の温泉使用権が原告に属していたこと、原告が陸軍傷病兵療養所建設のための敷地及び鉱泉として前記土地及び温泉使用権を陸軍省に寄附し、昭和十三年十月二十日右土地について陸軍省名義に所有権移転登記を経由したこと現在被告が右土地及び温泉使用権を占有使用していることは当者間に争がなく。成立に争がない甲第一号証、第二号証、第三号事の一乃至三、第四号証によれば前記寄附がなされた昭和十三年九月二十八日であることを認めるに充分である。原告代理人は、証右寄附には、陸軍において前記用途を廃止した場合には当然右九寄附した土地の所有権、温泉使用権が原告に帰属することの条件が附してあつた旨主張するから按ずるに、原告本人尋問の結果より、原告が陸軍大臣宛に提出した寄附願の草案であることを認にめうる甲第五号証、原本の存在及びその成立に争がない甲第九号証の一、証人新田小源太、藤島嘉孝、熊谷用蔵、高橋清三郎の各証言及び原告本人尋問の結果によれば原告は昭和十二年十一月本件土地及び温泉使用権を陸軍傷病者の療養所敷地として陸軍に寄附する旨の寄附願を旧陸軍の第二師団経理部を経由して陸軍大臣宛に提出したこと、原告が右寄附の申出をなすに際し「陸軍において用途廃止の場合は無償を以て交付を受くること」なる条項を付して寄附の申出をなしたのに対し、陸軍大臣は昭和十三年九月二十八日原告の右寄附の申出を承諾し昭和十三年十月二十日その所有権移転登記を経由するに至つたことを認めることができ、陸軍大臣が原告の寄附申出に対し、特に右の条項を除外して承諾する旨の意思表示をなしたことはこれを認むるに足る証拠がないから、陸軍大臣は原告の右寄附申出と内容において一致した承諾をしたものと認むべきである。而して証人新田小源太の証言、原告本人尋問の結果によれば、「陸軍において用途廃止の場合は無償を以て交付を受くること」なる条項は原告が寄附当時原告としても敗戦するとは考えてもおらず、陸軍においてその用途を廃止するようなことは予想していなかつたが、万一、将来陸軍において本件土地を使用しなくなつた場合これを他人に譲渡されるよりは原告に返還して貰いたいとの考から右の条項を付加したものであることが認められ、且つ右条項の文言から見ても、右条項の結果として陸軍省に於いてその用途を廃止した場合)国が原告に対し本件土地の所有権、温泉使用権を無償にて譲渡すべき債務を負担するかどうかの点についての判断はしばらく措き)本件土地の所有権、温泉使用権が当然原告に復帰するものとは到底認められない。よつて陸軍省の廃止の結果、前記用途自然消滅により、当然本件土地の所有権、温泉使用権を原告が取得したことを前提とする原告の主張は爾余の点について判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。

のみならず、前認定のとおり、本件贈与がなされた当時においては陸軍が消滅するような事態が発生することは原告においても予測し得なかつたこと、右条項を付加した趣旨は万一、本件土地等を他人に譲渡されるより、原告に返還して貰いたいためであつたことなどを綜合考察すれば、「陸軍において用途廃止の場合無償で交付を受けること」との条項中の条件である「陸軍において用途廃止の場合」とは陸軍省が廃止された今日においては「国において用途を廃止した場合」をいうものと解するのが相当であるところ、証人後藤鉄雄の証言によれば昭和十三年十二月頃本件土地を含む敷地に陸軍省が陸軍病院を建設し運営して来たが終戦後右病院は一時大蔵省の所管となり、その後昭和二十三年二月厚生省の所管に移り国立鳴子病院の名称を以て医療を継続し現在に到つたものであり、現在被告が右病院経営のため本件土地及び温泉を使用していることを認めるに充分であるから、前記条件は今もなお成就していないものというべきである。

以上の通りであつて、本件土地及び温泉使用権が原告に属することを前提とする原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 新妻太郎 枡田文郎 伊藤和男)

目録〈省略〉

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